NPO法人碧いびわ湖主催の
薪ストーブおうちカフェに行ってきました。
薪ストーブそのものの話もさることながら、薪にまつわる話が興味深かった
以下そのときのメモ
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かつては薪炭森が里山にあって、ナラやカシなどを20年サイクルで順番に伐採していてうまくバランスが取れていた。切り株から芽がでて20年後にはちょうど良い太さになるという。おおむね一生のうち同じ切り株から薪木を2回伐採することになる。
ナラやカシなどの薪炭材も20年を越すと太くなりすぎて搬出しにくくなるうえ、老齢樹になると虫にやられやすくなるという。昨今全国的に流行っているナラ枯れ問題も単純に地球温暖化が原因という訳でなくそのあたりの人の関わりも含めた環境の変化にも原因があるらしい。
また、薪炭材であるナラやカシなどは15〜20年くらいの樹が最も盛んにドングリ実をつけるようで、それより樹齢かかさむとかえって少なくなるということで、昨今クマが出没する問題も、住宅地がクマの生息地に近くなったというだけでなく、そんな薪炭林の更新が滞ってるのも一因としてあるようだ。
薪ストーブで木を燃やすというと、自然破壊だと短絡する人もいるかもしれない。人の介在しない野性の状態だけを自然というならそうかもしれないが、人も自然の一部であって持続可能な人と自然との関わり合いも含めたものも自然であるに違いない。そんな関わりを断ち切って化石燃料をわんさか掘り起こして使うほうがよっぽど自然破壊になりうるということだ。
かといって全部薪でエネルギーがまかなえるかというとそんなことは全然なくて、木材などの素材をのぞいて持続可能に必要な熱エネルギーとして滋賀県内で供給できるのは全戸の5%程度でしかないらしい。
里山を野放しにして人の介在しないような野生の森林に戻すにまかせるのも問題だけど、禿げ山にしてしまってはさらに問題。いまのままのエネルギー消費そのものを見直す必要があるということ。
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その他雑感
薪に代表される木質エネルギーを単純に熱エネルギーとしてだけ捉えて経済性を電気や石油と比較するのは浅はかである。食物や農業の問題も似ているのは平たくいえば食物もエネルギーだからかもしれない。そしてどちらも安全保障問題にもからむことであったりする。
薪ストーブを導入するとなると内装もそれに見合ったものに、見てくれではなく素材そのものを本物の自然素材にしないと見合わないと感じる。自然のものを費やすわけだから、同じように周りのものを自然素材にしたくなるのかもしれない。逆に自然素材の内装でオール電化ってしっくりこない。
薪文化が廃れてしまった日本ではモノの進化も中断しているけど、薪文化がそこそこ維持されてるヨーロッパや北米ではちゃんとモノも進化しているので、いい薪ストーブを買うとなると現段階では輸入モノが多くなるのは致し方ない。道具づくりの文化が廃れたわけではないので今後の復活に期待したい。
いま日本の森林で問題になってるのは自然の一部としての人が介在した里山的森林が崩壊して野性の森林に向かう過渡期の呻きみたいなものか。崩壊して変容しているのはほとんどの場合は人間の社会的な営みのほうなんだろうとおもう。
自然を大切にする目的はあくまで人間が生きて行くためであって野性の自然から人間を排除するためではない。立入を制限されているチェルノブイリ近辺の森が逆説的に野生保護区のようになっているそというのを思い出した。そんなのは全然めでたしめでたしではない。
posted at 23:17:05